『君の名は。』ファンとして気になる映画が先週末から公開している。『君は彼方』だ。なぜ気になるのかは予告編を見れば明らかだと思う。
タイトルのみならず、映像までも明らかに『君の名は。』『天気の子』を意識しすぎである。
とはいえ『君の名は。』の大ヒット以降、男女が主人公のオリジナルアニメ映画を何となく『君の名は。』風の味付けの予告編で集客するというのはよくある話で、とはいえ中身は全然違うなんて事故もありがちなので(『Hello World』とかね)、実際どんなものかと映画館で確かめてみることにした。
スクリーンが暗くなるとアニメーションが始まるかと思いきや、煌々と映し出される「a sena yoshinobu film」の文字。もうこの時点で「監督1作目でそんなこと書く人間はろくなもんじゃないな…!」と警戒アンテナはビンビンに。何ならここで席を立つべきだったかもしれない。
見終わった結論としては、見ない方が良い。お金をもらっても、見るべきではない。
見てはいけないポイント1 パッチワークがひどい
似てるのなんて予告編の印象だけでしょうと思っていたのだが、中身もまあ新海作品に限らないいくつもの作品のパッチワークだった。
話の大筋としては、主人公の女の子・澪(みお)が友達以上恋人未満の男の子・新(あらた)とちょっとしたことで喧嘩して、仲直りしようと向かっている途中で交通事故に遭い、霊体としてあの世とこの世のはざま(彼女の記憶に沿って作られた池袋そっくりの世界。とにかくこの映画には池袋東口駅前がよく出てくる)でこの世に戻ろうと奮闘するというもの。これ自体はよくある定番の物語。
ただそれを彩る印象的なシーンが、繰り返し4回も5回も描写される「空からの落下」や、澪が繰り返し発する「忘れたくない!」といった新海誠オマージュに加え、『千と千尋の神隠し』でおなじみ海を走る列車とそこに乗り込む黒い影や、澪が気持ちを吐露しながら高らかに歌い上げる『アナと雪の女王』である。空飛ぶペンギンは『ペンギン・ハイウェイ』だし、空飛ぶ金魚は『夜は短し歩けよ乙女』だ。こうなったら空飛ぶクジラは『海獣の子供』にも見えてくる(『海獣の子供』のクジラは、さすがに飛びはしないが)。
他の作品をオマージュするなんて当たり前のことだし、それを否定する気はさらさらない。ただこの作品でやってることは、近年の方向性の違う作品を、あまりにもダイレクトに、作品になじませないで貼り合わせただけのパッチワークにしか見えないので、大変不快な気持ちにさせられた。
見てはいけないポイント2 音響監督の仕事がひどい
公開直後には作画がひどいなんて話も聞こえてきたが、荒れた作画はほとんどないし、この程度の作画の作品はテレビアニメならざらなので、そこはそんなに責めたくはない。エンドロールを見ると原画9人、第二原画2人。むしろよく95分の映画を完成させたと思う。
ただキャストが問題で、澪役の松本穂香はまだ良いとしても、土屋アンナや竹中直人といった完成された俳優らの声はどうしても一般的なアニメとはなじまない。なじませるには、宮崎駿映画や押井守映画、ディズニー映画でもいいが、とにかく精密な作画やリアリティを感じる芝居で、役者に近づけなくてはいけない。今作のテレビアニメ級の作画には全くなじまないので、結果的に作画も声の芝居も、質が低く見えてしまう。
また「松本穂香はまだ良い」と書いたが、絵とのなじみについてであって、芝居、特に叫びのシーンが大変厳しかった。とにかくこの映画、澪(=松本穂香)に叫ばせるのだが、通常の映画であればカットすべき音域まで入れているのか(音響について詳しくないので間違っているかもしれないが)、特に終盤の病院廊下での叫びは、不快なレベルで耳をつんざき、思わず耳を塞ぎたくなってしまった。爆音上映でもあればわかるのだが、これまで普通の映画で耳に不快感を覚えるというのは初めての経験だったし、こんなものは二度と味わいたくない。
そしてこの音響監督を務めたのは、本作で他に企画・原作・プロデューサー・監督・ワードコンテ・絵コンテ・声優・挿入歌作詞をも兼任する、瀬名快伸氏だ。エンドロールで氏の名前が繰り返し表示されるのを眺めながら、冒頭で感じた警戒心が正しかったことに気づかされたのである。
というわけで『君は彼方』は見ない方が良い。コロナ禍でハリウッド映画は全滅だが、幸いアニメに限れば今は『鬼滅の刃 無限列車編』をはじめ、『羅小黒戦記』や『ウルフウォーカー』といった粒ぞろいだ。終わりの見えないしんどい世の中だから、せめて面白い映画を見てほしい。間違っても今見るべきは、『君は彼方』ではない。