ユウキズ・ダイアリー

アニメ・映画・ゲームについての雑記

『この世界の片隅に』のリアリティーとミリタリー

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こうの史代先生の原作漫画を映画化した『この世界の片隅に』が公開された。前評判の高さに違わず、初日のテアトル新宿は全上映立ち見の出る満席、私の見た最終回の上映後は拍手喝采であった。

戦時中、広島から軍港呉に嫁いだ主人公すずさんの、その時代にはありきたりだったであろう、しかし過酷な日常を強く生きる姿には、何度涙を流したかわからない。素晴らしい映画だった。

世界が違ったものに見える、人に優しくなれる、一生懸命に生きたくなる、ご飯がおいしく感じられる。いい映画には人を変える力が宿っているものだが、『この世界の片隅に』も、私にとってはそんな映画だ。これから何度も見たくなるだろう。

さて、この映画には幾つもの観点があるが、私は鑑賞中「リアリティー」と「ミリタリー」を考えながら見ていた。

 

  • 設定考証に裏打ちされた庶民視点のリアリティー

本映画を監督したのは片渕須直氏。それなりのアニメ通でもないと名前を聞いたことはないであろうが、過去にも映画『アリーテ姫』『マイマイ新子と千年の魔法』を監督している。また氏が監督したNHKの復興支援ソング『花は咲く』のアニメは見たことがある方も多いのではないだろうか(『花は咲く』はキャラクターデザインをこうの史代さんが務めているのを含め、多くのスタッフが重なっているのでプレ『この世界の片隅に』という側面も強かったのだと思われる)。

www.nhk.or.jp

片渕監督の映画で常に描かれるのは常に庶民の視点だ。主人公はいつも女性・子供。『アリーテ姫』も『マイマイ新子』も、そこからしか見えない世界、それでも強く生きる力、そういったものが描かれてきた。脚本・劇中アニメを監督したフライトシューティングゲームエースコンバット04』でさえそうだ。プレイヤーはエースパイロットなのに挿話は占領下の街に住む少年の物語。プレイヤーが考えることのない空の下からの視点を挿み、次第に交わらせることで、戦争の是非を説いていた。そんなゲーム、後にも先にも他にない。

そして片渕監督といえば圧倒的な設定の作り込み。これまでも『マイマイ新子』で昭和30年代の山口県防府市が徹底的な取材で描かれていたし、TVアニメ『BLACK LAGOON』の架空の街とは思えないヤバい街ロアナプラは、海外ロケと精巧な軍事考証の賜物だろう。

本作では企画から6年の歳月をかけて公開されたが、多くの時間は設定考証に充てられたと聞いている。広島も呉も、戦争によりかつての町並みがすっかり失われたが、この映画の中では、当時の町並みを引き写してきたかのように息づいている。

すずさんの時にやわらかく、時に気高い真に迫った演技(アニメーション)は、まさに片渕監督の得意とするところだと思うが、作り込まれた確かな設定考証を背負っているからこそ、胸に刺さるリアリティーとなり、画面を越えて観客に迫るのであろう。

 

  • 本物のミリタリーアニメ

先日早稲田大学の文化祭でガンダム富野由悠季監督が講演を行われていたため聴講させて頂いたのだが、その際に富野監督は『ガールズ&パンツァー』や『艦これ』を名指しで批判、とまではいかないが、若年層に軍事ものへの抵抗感がなくなっていることに危機感を覚えていた。

この世界の片隅に』はすずさんを中心に描かれるとはいえ、周囲を取り巻く戦争、兵器も無視できない存在だ。私自身、以前『艦これ』をかじっていたので「大和」や「利根」「青葉」なんてワードが出てきて「おっ!」と思ってしまったのも事実。だがこの映画に出て来る兵器は、女子高生は乗っていないし美少女型でもない。もちろん猫耳つけた下着姿でもない。とても恐ろしい、日常の破壊者として描かれる。町は壊され、人は死ぬ。映画館の音響効果は、焼夷弾の音を、爆弾の音を腹の奥まで響かせる。恐ろしいけど、だからこそ映画館で見て、感じて欲しい。

私自身、ミリタリーアニメに対してこの数年で抵抗感がなくなっていたことに無自覚であったが、先日の講演会、そしてこの映画で目の覚める思いとなった。アニメというフィルターは、時に実写作品以上に戦争を考えさせる力を持っている。本作は『火垂るの墓』以来の、本物のミリタリー映画と呼んで過剰ではないだろう。

 

  • まとめ

リアリティーとミリタリーという観点で書いてみたが、本当は書きたいことが山ほどある。のんこと能年玲奈さんの演技力には圧倒されたし、アニメ版『ああっ女神さまっ』も手掛けた松原秀典作画監督の力がすずさんのうなじに宿っているのを私は見逃さなかった。見る人それぞれ、多くの感想を持つことだろう。

君の名は。』のようなエンタメ大作でもなければ、『聲の形』のような少年誌の人気漫画が原作でもないので、爆発的なヒットとなる映画ではないだろう。けれどそれらのおかげで非ジブリのアニメ映画を見ることへの抵抗が減っているのなら喜ばしいとも思う。映画の秋に選ぶ1本として、年代を問わず、多くの人に見てもらえることを望むばかりである。


映画『この世界の片隅に』予告編