『君の名は。』を傑作たらしめる3つのしかけ

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新海誠監督の最新作『君の名は。』を公開初日に鑑賞。上映後、隣席の女性二人の会話が耳に入ってきた。

 「超よかったね……」

 「うん……」

 「50回くらい泣いた……」

 「今まで見た映画で1番良かった……」

これがいわゆる粟と稗しか食べたことがないってやつか!と一瞬思いかけたが、私の体は正直なのでとめどなく流れる涙と鼻水を拭うので必死になっていた。ごめんおじさんわかるよ君たちの気持ち。1番かもしれない……。

君の名は。』は過去作と比べて何段階もの飛躍を果たした、新海誠監督の新しいスタートラインとなる作品であり、監督自身の歴史に、そして日本のアニメ史に刻まれた傑作となったと思う。また作品としての質もさることながら、公開2日間で7億円の興行成績を叩き出していることから、監督史上最大のヒット作となることは確実となっている。

なぜここまでの傑作となり、大ヒットとなり得たのか、と考えてみると、監督自身の経験と配給会社東宝の歯車がガッチリ噛み合った結果、特に3つの要素が有機的に結び付いて成功を導き出したのではないだろうか。

 

1.普遍性のある物語

新海誠監督の作品といえば、これまで「男女の距離感」「出会いと別れの奇跡」といったテーマを繰り返し語ってきており、特殊な設定を軸に物語られるそれはいわゆる「セカイ系」に類するものである。これは個人製作からアニメ作りをスタートした監督ならではのテーマではあるが、大きな商いができるものではなく、それゆえに小規模な館数でしか封切られず、知る人ぞ知るアニメ監督という体でしかなかった。

このままでは監督は埋もれしまう、と強く思ったのは2013年に公開された、長編映画としては前作にあたる『星を追う子供』の時である。自身初となる異世界ファンタジーを描こうとした点は大いに評価すべきであろうが、焦点を見失った物語は普遍性を獲得するに至らず、『ゲド戦記』の二番煎じとでも言うようなそれはひどいものであった。監督はそれまで一人で原作・脚本も手掛けてきたが、もうそれは限界で、宮崎駿監督にとっての鈴木敏夫プロデューサーのような優秀なアドバイザーに出会えないと、今後の飛躍は不可能ではないかと思ったものである。

しかし今回は違った。「男女の精神が入れ替わったドタバタから、互いに意識するようになる2人」というある種手垢のついた筋ながら、監督のテーマ性で包み込んだそれは新鮮でピュアな輝きを獲得しており、さらに後半のスペクタクル展開はこれまでの作品にはない新境地であるし、テーマに一層の重みを与えることに成功している。これが普遍性だ。日本の、世界を席巻する娯楽映画になくてはならないものであり、かつてのスタジオジブリ映画が獲得し、現在も細田守監督が掴んだり失敗したり悪戦苦闘しているそれである。

なぜ今回ここまでの強度の高い物語を獲得できたのかを紐解くと、パンフレットに監督自身のこんなコメントがある。

それで『星を追う~』を作り始めた35、36歳くらいの時期から、物語を作るということを一から自分なりに勉強し直しました。今更ながらですが、脚本術の本を読んだり、古典を読み直したり。その上で『星を追う~』という作品を作って、ある程度の手応えも感じられた。それでも公開したら、『秒速5センチメートル』のときと同様に、観客には自分の意図が思うように伝わっていない感覚が残ってしまった。どうしたらもっとううまく語れるのか。そう思いながら次の『言の葉の庭』を作り、その前後にも30秒のCMや小説等で、物語を作るということに向き合い続けました。

またアニメ!アニメ!のインタビューでもこのように語っている。

──新海監督の過去作と比較すると『君の名は。』はエンタテイメント色が強い作品だと思います。制作においてこれまでとの大きな違いは何でしょうか?

脚本段階に関していえば、プロデューサーの川村元気の存在が大きかったですね。東宝から川村さんを紹介したいと言われたのがきっかけでご一緒することになったのですが、彼のようなタイプのプロデューサーは初めて。とても刺激的な経験でした。

──川村さんのどんなところが新海監督にとって新鮮でしたか?

色々 なサジェスチョンをくれるんですよ。脚本を書き進める中で、川村さんが「こことここのピークが離れているけれど重ねたほうがいいと思う」であるとか、「三葉と瀧の入れ替わりは開始15分に収めないと退屈なんじゃない?」とか、構造的な部分で色々なサジェスチョンがありました。これにとても助けられたのが、 これまでの映画づくりと最も異なる点だと思います。

アニメスタジオ出身ではない監督はこれまで誰にも師事せず作品作りに邁進してきたわけだが、過去作の反省を活かし、不断の努力で脚本術を磨いてきたことがわかる。そして作品作りに至っては、近年の東宝のヒット作を多数輩出してきた川村元気プロデューサーとの相乗効果で、普遍性を獲得できたことがわかる。ようやく監督にとっての優秀なアドバイザーを獲得できたのだ。

 

2.極上の品質

いくら物語の幹となる脚本が素晴らしく、監督の持ち味である背景美術の美しさがあっても、作品を支えるスタッフィングが機能しなくては映画の品質を上げることはできない。その点今回は、情報公開時にキャラクターデザインを『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』『心が叫びたがってるんだ。』の田中将賀氏が手掛けることで、若い世代を中心にウケの良い絵面になることはわかっていたし、作画監督を日本屈指のエースアニメーターである安藤雅司氏(スタジオジブリで『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』『思い出のマーニー』の作画監督を務めている)が担当するとあっては、作画品質が最上になることは確信していた。

蓋を開けてみると原画マンとして錚々たるメンバーが参加し、全編ハイクオリティな仕上がりとなっていた。かつては美術はすごいけどキャラはあと一歩、という印象が強かったが監督の作品だが、今回に限っては映像を構成するすべての要素が一体となって、映画の品質を向上させることに成功している。これはやはり監督のこれまでの作品への評価、東宝の出資力の賜物なのであろう(あと公開時期周辺に大作アニメ映画がなかったから、という影響もあると思う)。

以下はスタッフリストから抜粋した原画マン、いずれも有名アニメの作画監督クラスのエース級の方たちである。私自身がパッと見でわかる方のみ抜粋したものであるが、こういった名前から一本一本の線が生み出された経緯を想像しながら見るのもまたアニメの楽しみである。

新海誠作品常連系:土屋堅一、西村 貴世、田澤潮、四宮義俊

・元ジブリ系:廣田俊輔、稲村武志、田中敦子

・I.G.系:黄瀬和哉、中村悟、沖浦啓之

・シャフト系:龍輪直征

・A-1系:錦織敦史谷口淳一郎

・フリーアニメーター系:井上鋭、濱洲英喜、松本憲生橋本敬史

特に田中将賀氏については、以前新海誠監督と手掛けたZ会のCMが本作と符合する点が多いので比較しながら見ると面白い。作画監督も務めているのでより「らしい」絵柄になっている。

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また四宮義俊氏は過去に新海誠監督の短編『言の葉の庭』のポスターイラストを手掛けている他、監督としてCM「Mottainai」を制作。新海誠テイストの仕上がりになっているのでこちらも要チェックである。

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3.東宝の配給力

作品の質が極上となればヒットするのかというとそういうわけでもない。宣伝力、公開館数という絶対的な大人の力に左右されるのだが、今回東宝は大博打を打った。前回東宝と組んだ短編『言の葉の庭』では23館での公開だったのに対し、296館でのスタートである。やはりそこには東宝の、ひいては川村元気プロデューサーの慧眼があったとしか思えない。

また各種タイアップによる大規模な宣伝活動も各地で行われている。その中でも全車両を広告で貸し切った山手線に乗ることができたのだが、3画面構成の予告 映像も見ることができた。単純に3画面で同じ映像を流すのではなく、時には異なる映像を対比的に映す効果的な演出が感動を増すものになっている。

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幸い9/2までの間、新宿ユニカビジョン(西武新宿駅前から見えるやつ)で同様の3画面予告が見られるので都内在住者にはぜひその目で見てもらいたい。

 

まとめ

今回、新海誠東宝の思惑が合致した結果、物語、品質、配給力すべての要素が結実し『君の名は。』という傑作が生まれるに至ったと考えている。

監督自身も朝日新聞8/27夕刊において

「自分としても40代のうちにあと2本は東宝で作りたい」

 とのコメントを残しており、やはり成功体験となったことを自覚しているのであろう。花開いた才能・新海誠監督と、それを見出した東宝がこれからどんな作品を私たちに見せてくれるのか。

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楽しみで仕方がない私は、買い漁った関連書籍に目を通し、映画館に通iい『君の名は。』をこれから何度でも反芻したい心境である。