『ベルカ、吠えないのか?』


この小説の筆者、古川日出男が以前描いた傑作ファンタジー小説『アラビアの夜の種族』は「嘘のような伝説を翻訳したもの、を騙ったフィクション」という一風変わった形式をとっていたが、それ以来の書き下ろし長編であるこの小説は、それを意識してのことか冒頭に

これをフィクションだってあなたたちは言うだろう。
おれもそれは認めるだろう。でも、あなたたち、
この世にフィクション以外のなにがあると思ってるんだ?

という逆ギレのような注釈?が描いてあるので、やはりフィクションに違いない。しかし文章の方は、と見てみると、これは実のところノンフィクションなんだとでも訴えたいかのように、淡々と、1つの歴史が語られている。ただし犬のそれが、だ。




第二次世界大戦の渦中で育てられ、そして置き去りにされた4頭の軍用犬「北」「正勇」「勝」「エクスプロージョン」。東条英機の教えなど知らない彼らは、餌に与り喜んで米軍の捕虜となり、やがてその何百匹もの子孫たちは世界中に放たれる。


お互いの出自など知らずとも強い血に惹かれあい、長い時を経て出会いと別れを繰り返す彼らだったが、やがて時代は東西が睨みを利かせる冷戦の只中に。2度の大きな戦争を経ても学習しない愚かな人間たちによって再び戦争の道具となった彼らは、ベトナム北部に位置するクアントリ省の、誰も気付かぬ地下深くにて「イヌたちのベトナム戦争」を開始する。




彼ら犬たちの系譜は、月へ行った犬と同じ名前の「ベルカ」へと続いていくのだが、彼らがベルカたちの生きる199X年にどのように繋がっていくのか、そして199X年に何が起ころうとしているのか、という2つの謎が交互に描かれるため、多少読みづらい文章ながら最後まで緊張感を持って読み続けることができた。『アラビアの夜の種族』のときにも感じたが、筆者の終わらせ方はあまりにも圧倒的。本を閉じた時、ため息が漏れるほどの心地よい読後感を久しぶりに感じることができた。


押井守森博嗣の『スカイクロラ』ではなく、本書を映画化すればいいのにと思わずにはいられない。