ユウキズ・ダイアリー

アニメ・映画・ゲームについての雑記

『天冥の標』はクロノ・トリガーでドラクエⅡ⁉︎ 小川一水先生ネタバレインタビュー@SF大会

f:id:massan-222:20190822105829j:image

今年2月、全10巻(17冊構成)の大長編SF小説『天冥の標』シリーズを10年もの歳月をかけて完結させた小川一水先生。そんな小川先生への公開インタビューが、去る7/27、7/28に開催された第58回SF大会にて行われたので、その模様をレポートする。1ヶ月の大遅刻だが、今月20日の『ハイウイング・ストロール』、『群青神殿』復刊に合わせたということでひとつ。
なお『天冥の標』ネタバレ全開なので未読の方は回れ右……ではなく今すぐポチろう。
また録音してるわけではないので書き漏らし、書き間違いにはご容赦を。

 

 

【キャラクター人気投票結果発表】

小川一水先生(以下小川)、塩澤快浩氏(SFマガジン編集長、以下塩澤)氏が登場し、人気投票の結果から報告。全36票。
・3位  :アダムス・アウレーリア(3票)
・同率1位:ノルルスカイン、メララ・テルッセン(各4票)
 (4位以下の発表もあったが票がばらけ過ぎていて書ききれず)

塩澤:主人公のカドムに票が集まらないのは、キャラが立たないのが問題でしたね。話が大き過ぎてそれに見合う人間キャラが作れなかったように思います。
小川:なぜこの医者を主人公にしたのか(笑)。最終的に生き残って仕事したからまあいいか、とは思いますが。

――好きなキャラクターは?
小川:メララは好きだし、ノルルスカインは好きとかではないです。イエン・シャオチーはふくらませたかった。ロサリオは好きなので膨らませようと思ったがやめたキャラです。
塩澤:アンケートに誰も入れてない主要人物がいるんですが……ラゴスなんですけど。
小川:男性なのか両性なのか、ふらふらしてしまいました。今後もきっと出てきます。ラゴスそのものではないですが(?)、ああいうめんどくさいキャラクターは。ちなみに彼には元々、大工としての技術を駆使して、壁を作って超新星爆発から守る、というような構想もありました。

 

【最初の構想】

――最初の構想は?
小川:10巻構成で各巻趣向を変えよう、と。どの巻から読んでもいいぐらいな気持ちで始めたました。
塩澤:『第六大陸』のころから書ける人だと思いましたが、女の子が好きであったりとか、ジュブナイル臭がありました。女の子なしでシチュエーションだけで、と依頼して描いてもらったのが『漂った男』、そこから発展したのが『天蓋の砦』です。ただあまりに潤いがない作品だったので、その頃の小川先生は猫拾っちゃってましたね(笑)。ただ、これでなんでも書けると思いました。
『天冥の標』は『ハイペリオン』をやってほしいという気持ちから。その頃は大手から声がかかり始めてたので捨てられないようにと思って(笑)、毎年のように書いてもらいました。
小川:10万部ずつ売れたらいいなと思ったんですが……。
塩澤:『グイン・サーガ』に代わるシリーズになれば、という社内の期待はありましたね。

――「『ハイペリオン』みたいなの」と言われてどうでしたか?
小川:できるかな、とは思いました。時間要素まで入れると終わらないので時間線は一本にしましたが。

 

【意識した先行作品】

――外の世界がある、という点で意識した先行作品は?
小川ハインラインの『宇宙の孤児』です。

――家畜をテーマにした点は?
小川:『幼年期の終わり』でしょうか。でもあんまり意識した作品はないかな。

――イサリ、ミヒルについては?
小川:『』(作品名聞き取れず、イサリ、ミヒル姉妹のベースになった少女漫画らしい)
塩澤:「『ハイペリオン』を」とお願いしましたけど小川一水のモチベーションはこの作品ですからね。
小川:Ⅹ巻PART2での2人の決着シーンは何度か書き直しました。うまいこと憎しみあって戦ってほしいと思って。

 

【各巻について】

――トリッキーな構成にした理由は?
小川:『クロノ・トリガー』がありますよね。2巻で突然ぶっとぶという展開をやりたかった。

――冥王斑について
小川小松左京の『復活の日』。小松左京狂牛病を予言していたのではないでしょうか。あと鳥インフルエンザですね。パンデミックが起こりそうという気がしていました。『北アルプスペスト事件』というのを読んだのも影響しています。

――青葉が最後の最後に出ましたが、そこについては?
小川:Ⅹ巻PART1のチカヤ晩年の執筆時に思いつきました。本当は断章が一から最後まで繋がるといいなと思って始めたが、そうはならなかった。Ⅹ巻に断章九から八一を書くとかしてもよかったが、体力が尽きたので。ノルルスカインやミスチフが裏でやってたこととかを書きたかったんですが。

――Ⅱ巻からⅢ巻の間でまた時間を飛ばしたのは?
小川:200年ほど飛ばしたのは、こんぐらい飛ぶシリーズだぞと見せたかったからです。あと、宇宙戦艦を書きたかった。

――アンチオックスは宗教国家でロイズとは対比的でした。アンチオックスの造形はどこから?
小川:宗教国家を出したのはかっこいいから。これまで理性的で話がわかる人を書いてきましたが、たまには好き勝手やる人たちを書いてみたくなって。ロイズは国家じゃないものが覇権を握るものを書きたくて生まれたものです。笹本祐一の書いたガーランドジャンクション(『スターダスト・シティ』)みたいに。

――火星に人がいないのはなぜでしょうか?
小川:火星もののテンプレを書きたくなかったからレッドリートを蒔きました。地球も書きたくなかった。地球の人口20億人、は説得力ある数字ではなかったですが。

――Ⅳ巻について。ラバーズとオムニフロラは対極的に見えますが。
小川:偶然そうなりました。従う喜びみたいな、マゾヒスティックな面は書けなかったですが。
塩澤:Ⅳ巻はなんであんなことになったんでしたっけ(笑)?
小川表現規制が当時問題になってたので反発した結果です。あと、エロは好きですから。
塩澤:最終的には良かったなーと思いましたが、Ⅳ巻がなければ売り上げがもっと上がったのでは、とも思いましたがどうでしょうか。せっかくなのでアンケートをとってみましょう。
(あまり賛成の挙手は上がらず)
塩澤:大勢に影響なし、と(笑)。でもⅣ巻からⅤ巻で売り上げが目に見えて落ちたというわけではないです。
小川:Ⅳ巻では教師と生徒のシーンが一番好きでした。女生徒がシチュエーションを作り上げてるのが良いですよね。

――Ⅴ巻について。なぜノルルスカインは羊なのでしょうか?
小川:かわいいからです。『電気羊はアンドロイドの夢を見るか』は意識してないです。たまたま。キリスト教とも被せてません。

――ツェンバーガーについて
小川:当時外伝短編を書いたのを5巻最後にもってきて、ああいう形になりました。
塩澤:ちなみにⅤ巻は他の話になるかもしれなかったんですよね?
小川:書こうとしてる時にちょうど震災が起こったので、仙台を舞台にサラリーマンが津波から農業を復興して、そこにノルルスカインが関わるという東日本応援話にしようという構想もありました。だだ、宇宙の話とうまく照合しなくて流れたんですが。

――Ⅵ巻について
塩澤:3分冊にしたのは失敗したなー、と思ってます。小川さんは分量の見通しが立たない人。Ⅰ巻は厚いのはよくないと思ったから分けただけだったのに。
小川:そこはしっかり書いてほしい、というオーダーがあったからですよ。
塩澤:でも面白すぎるじゃないですか! ここがクライマックスで。この後どうするのかなと思いました。
小川ハーゴン(『ドラゴンクエストⅡ』)を倒した後に一旦物語が沈むんですよ。そこからラスボスへ!と。Ⅶ巻があるから大丈夫だと思ってました。

――Ⅶ巻では、サンドラが新しい電源見つけてきたと言って嘘ついたじゃないですか。あれはどういう経緯だったんでしょうか?
小川:サンドラとしては、政治的に使えそうなものがあればと割り切ってノルルスカインを利用していたまでです。

――Ⅷ巻では、テクノロジーが気になりました。セレスの航行に300年かかったのはなぜでしょうか?
小川:セレスは亜光速。Cシップはオーバーテクノロジーなので差が出ました。最初はオーバーテクノロジー出すつもりがなかったんですが。

――光影の小径(チホル・ニス・ホツル)について
小川:ワープっていうとつまらないじゃないですか。そこで超次元からつまんでもらう、という形に。ただ、ハードSFか?と聞かれたら、違いますねと言わざるを得なくなりました。

――メタ進化とは何でしょうか?
小川:進化に任せる星と人意に任せる星の生存競争です。宇宙は人間に興味ないという理論は好きでないので……(このあと長い説明があったが書き切れず)

――キャラクターたちのその後はどのように考えていますか?
小川:作中以上のことは読者のご想像にお任せします。

――エピローグでは救世群(プラクティス)の漢字が"救生群"へと変化していました
小川:弱者救済組織、と書くと楽観はできませんが、そういうことをやっている組織と思ってもらえればと。

――心残りはありますか?
小川:ありません。とりあえずやりきったんで、書き終えた当時は次が浮かばないくらいでした。今は次に取り掛かっていますが。
塩澤:『三体』はまだ読んでないんですが、『天冥の標』にもゲームネタをやるような話もありましたよね? 可能性の話として、やってたらどうなってたかな、という気持ちはあります。
文句を言うと、もうちょっと短くなったかなと。長いと部数落ちてくるので……。
小川:最後の2年はずっとお金を借りて書いてるぐらいでした(笑)

 

【その場で読者から質問】

――オムニフロラはなぜワープ技術を手に入れられなかったのでしょうか?
小川:みんなが必死に隠していたから。手に入れたら逃げていました。

――Ⅲ巻の艦隊戦は推力計算などしていましたか?
小川:移動時間とかは本当っぽくしていました。惑星の配置は物語で矛盾が生じない程度に。

――Ⅹ巻PART3の最後のシーンの日付の意図は?
小川:発売日に合わせたものです。

――作り込み過ぎたと思うことはありましたか?
小川:登場人物が多いのは大変でしたがわかってたので、やらないとは思わなかったし後悔もないです。Ⅷ巻までの枠組みは最初からありました。Ⅸ巻とⅩ巻は余裕、マージンとして用意していました。
塩澤:Ⅸ巻以降でもう一回ひっくり返して、というリクエストはしましたね。
小川:ノルルスカインとミスチフ、人類を絡めないでと言われていましたが……。
塩澤:展開を考えるための打ち合わせでは要素カードを並べていったんですが、100枚にもなってどうにもならなかったです(笑)。

 

【最後に】

塩澤:『三体』がすごく売れてます。9万部! まだ読んでないですが、多分『天冥の標』の方が面白いです。どうにかしたい!
小川:これより上のものを書けるか今はまだわからないですが、今後もよろしくお願いします。 

最後に百合SFアンソロ『アステリズムに花束を』収録の中編が独立して刊行(長編化?短編集?)されることが発表され、閉会となった。

 

記事をここまで読んでまだ『天冥の標』を読んでない、という人はいないとは思うが、『三体』よりも面白い、と言わせしめる最新国産大長編SF小説を読まずにおくのは人生の損失であることは間違いない。17冊もあるとはいえ、900年を跨ぐ未来群像絵巻は読み始めたらあっという間に感じる面白さだ。完結した今こそ、読んでみては。

 

>