公式が解釈違い『機動戦士ガンダムNT』

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11月30日から公開となった映画『機動戦士ガンダムNT(ナラティブ)』を見た。

ガンダムの完全新作映画としては『機動戦士ガンダム00 -A wakening of the Trailblazer-』以来の実に8年ぶり4本目となる(テレビシリーズの映像をベースにしたものやOVAの劇場公開などは除く)。それだけに期待値は大きかったのだが……。

 

物語は福井晴敏氏による『機動戦士ガンダムUC』の番外編小説『不死鳥狩り』を元に再構築したものらしく(未読)、時代背景こそ『ガンダムUC』の一年後であるものの、キャラクターやMSは一新。連邦軍兵士のヨナ・バシュタ、ルオ商会のミシェル・ルオを中心に、ユニコーンガンダム3号機フェネクスを巡るネオジオン残党との抗争が描かれる。

 

MSの戦闘シーンは非常に多く、特にコロニー内での戦闘にはグッとくるカットも一部あり『NTガンダムのプラモ欲し〜』という気分にさせられたのでまずその点は良かった。バンダイもにっこりであろう。

ただニュータイプの解釈について納得することが出来ず、シラけた気持ちが大きく膨らみ気持ちのいい観賞体験にはならなかった。

 

かつてのガンダムシリーズにおけるニュータイプは「人類が宇宙に進出した結果、感性がより鋭敏になったことで、心を通わせ、その祈りは時に奇跡も起こす」というような描かれ方だったと認識している(作品により程度の差はあれど)。今作でのニュータイプは、人智を超えたただのオカルトであり、いやそれがアクセント程度ならまあ良いかと流すところだが、物語の中心に据えられているのでタチが悪い。フェネクスはオカルトガンダムである。ターンエーガンダムよりむしろ恐ろしい。原作のみならず直接脚本も書いた福井晴敏氏の「俺ニュータイプ論」が顔を覗かせすぎである。

私自身はガンダムの生みの親であるところの富野由悠季監督を信奉しているので、富野由悠季監督同様にもはやニュータイプはどうでもいい(これ以上描く必要ない)と思っている。そのためまだニュータイプを持ち出して拡大解釈を続ける福井晴敏氏の姿勢には頭が痛い。富野由悠季氏の生き霊を降霊した大川隆法、と言ったら言い過ぎか。『最後のジェダイ』に怒る人たちに今更ながら共感を覚えてしまった。

 

それでも『最後のジェダイ』を好いているのは優れた演出が多いと思っているからだが、『ガンダムNT』の演出は平凡の域を出ない。映画のみならずアニメ初監督となる吉沢俊一氏には、よく重責を乗り切ったとエールを送りたいところではあるが、過去のガンダム映画がいずれも傑作揃いだったことを思うと、まだまだ芝居に個性が見られず残念であった。

もっとフィルムに怨念を込めてほしい。フィルムに写っていたのは福井晴敏氏の呪いだけではないか。