雨と雪とファンタジーと『さよならの朝に約束の花をかざろう』

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脚本家として知られる岡田麿里さんの初監督映画『さよならの朝に約束の花をかざろう』が2月24日に公開日を迎えた。早速劇場に足を運んだのだが、予想を超える出来に心底震え上がった。いくつものシーンで滂沱の涙が止まらなかった。ファンタジーアニメ映画という鬼門に立ち向かい、真摯な答えを提示した岡田麿里監督には敬意を表したたい。

 

鑑賞前は「なぜファンタジーなのか」という点が疑問に浮かんでしょうがなかった。ファンタジー、ましてや国産のオリジナルアニメ映画となると、宮﨑駿監督作以外にヒット作がない(漫画やゲームのタイアップ、テレビアニメの総集編や続編は当然除く)。他は単に面白くないか、面白くないのに売れてしまったか、面白いのに売れなかったかの、いづれかだ。近年に限らず、そんな博打を打つ企画はほとんど通らず世に出ないのが現状である。脚本家としては『あの日見た花の名前を僕たちはまだ知らない。』や『心が叫びたがってるんだ。』などのヒット作があるものの、監督としては実績0の岡田麿里さんを監督に据えてファンタジーアニメ映画とは、よくもまあこんな大大博打を打つものである。堀川プロデューサーは肝っ玉だ。

 

人里離れた土地に住む長命な種族イオルフの少女マキアが、あるきっかけを契機に里を離れ、赤子を拾い、女手一つで育てあげるというのが『さよならの朝に約束の花をかざろう』のあらすじ。物語の骨子は細田守監督の『おおかみこどもの雨と雪』とかぶる。おおかみこどもの雨と雪では宮崎あおい演じる主人公・花が人間と狼のハーフを女手一つで育てる姿が描かれた。決定的に違うのは、現代日本を舞台にしたおおかみこどもの雨と雪に対して、異世界を舞台にした純ファンタジーだという点だ。

『さよならの朝に約束の花をかざろうは、女性である岡田麿里監督自身が脚本も含めて手掛けているためか、母と子の関係性とその変化は極めてリアリティがあり、『おおかみこどもの雨と雪』以上に胸を打つ。またおおかみこどもの雨と雪』は公開時、物語の細部が現実的かどうかという無駄な揚げ足取りが一部で行われていたが、異世界ファンタジーであるおかげでそのような隙がない。ファンタジーである理由はここにあるのだろう。現実世界を舞台に据える物語以上に、世代を越え、文化を越えて、誰にでもフラットに受け入れてもらえる。これは所謂俳優の演じるドラマや映画に対するアニメの特性でもあるが、ファンタジーと組み合わさることで相乗効果が生み出される。

 

ただ陳腐なファンタジーであれば逆効果、シラけてしまうところだが、その点『さよならの朝に約束の花をかざろう』のファンタジー強度は高い。歴史、文化、風習、言語を系統立てて構築している。世界観を長々と説明するシーンなどなくても、仔細まで描かれる建築物、衣装、小物で伝わってくる。『十二国記』を彷彿とさせる、と言ったら言い過ぎであろうが、『ブレイブストーリー』『バケモノの子』『メアリと魔法の花』はまとめて束になっても敵わない。凡百のゲームゲ―ムした浅い設定群とは一線を画している。

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監督自身が『オウガバトル』シリーズのファンであるということをきっかけに起用したキャラクター原案・吉田明彦氏が世界感の厚みに寄与しているのは間違いないであろう。

 

ファンタジーアニメ映画というある種のリスクを背負って飛び立った『さよならの朝約束の花をかざろう』は、そのリスク故に世代を越え、文化を越え、更には国を越えて多くの人の琴線に触れるはずだ。リスキーな企画ほど応援したいし、面白い作品なら尚のこと。丁半どっちに転ぶかまだまだ未知数であるが、このご時世なので公開規模に負けず口コミでの人気の高まりに大いに期待したいところだ。

(余談であるが昨年発表されたアトラスの純ファンタジー企画も大いにリスキーだと感じたが、現代日本以外を描くことによるユーザー層の広がりを期待しているのだろうと、今ならわかる。こちらも楽しみにしている)

 

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