ユウキズ・ダイアリー

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90年代風リアリティアニメのシンガリとしての『虐殺器官』

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伊藤さんは、僕らよりも一世代若い方で、アニメ界がスーパーリアル志向というか、現在のベテランがまだ若手でバリバリと仕事をしていた時代のアニメを観て育ってきた方なんですよね。だから多分、そういう映像を念頭において小説も書かれていたと思うんです。伊藤さんが思い描いていた映像には、普通のことをやっていてはなかなか到達できない。伊藤さんがもし存命だったとしたら、満足していただく映像を作るのはかなり難しいことではあるんですが、 できる限りの努力はしたいですね。

以上は故・伊藤計劃氏の遺した原作をアニメーション映画化した『虐殺器官』のパンフレットに掲載された村瀬修功監督のインタビューからの引用である。完成したフィルムを観た時の私は言いようのない郷愁と違和感に苛まれたのだが、この発言を読んで得心がいった。伊藤計劃氏の好きだったであろう、そして今現在のアニメーションの主流からは真反対の位置にあるスーパーリアル志向、1980年代末から2000年代初頭までは確かにあったその潮流(本文ではひっくるめて90年代と呼称する)を受け継いだ映画がこの『虐殺器官』である、と言えるのではないだろうか。

 

この映画は二人のキーパーソンが欠けては成立しなかったであろう。一人は総合プロデューサーの山本幸治氏。山本氏はフジテレビの深夜枠アニメ、所謂ノイタミナの設立以来のプロデューサーで、現在はフジテレビを退社し、氏の立ち上げた株式会社ツインエンジンの代表取締役を務めている。

ノイタミナで放送された作品は、多くは広い視聴者に向け、時にはマニアックに過ぎる作品も見られ、その多様性は視聴者のアニメを見る力を育てようとする山本氏の思惑が透けて見えるようであった。

そんなノイタミナでも特に人気となった『PSYCHO-PASS』という近未来の警察ドラマ、と見せかけて世界の真実を暴かんとするSFサスペンスは、今振り返ると『虐殺器官』の原作小説の影響を多分に受けた物語だった。山本氏はきっとこの「大人のドラマ」で、90年代風リアリティアニメを見たこともない若い世代を「教育」し、『虐殺器官』を含む一連の伊藤計劃3部作の呼び水にしたかったのではないだろうか。ともすると2005年から始まったノイタミナ自体、この『虐殺器官』のための盛大な下準備だったのかもしれない。

そんな思慮深い山本氏と今回タッグを組んだのが村瀬修功監督である。村瀬氏は今回、監督の他、脚本、絵コンテ、キャラクターデザイン、作画監督までもを務めており、氏の全身全霊全てがフィルムになっていると言っても過言ではない。村瀬氏は今回が映画監督としてはデビュー作ということもありご存知でない方も多いかもしれないが、かつて90年代には『新機動戦記ガンダムW』のキャラクターデザインで、当時の腐女子のハートをノックアウトした他、2000年代に入ってからはSFアニメ『Witch Hunter ROBIN』『Ergo Proxy』などで監督を務めてきた。世界的には『ファイナルファンタジーⅨ』のキャラクターデザインが最も有名だろうか。

村瀬氏の描くキャラクターはハードな世界観に耐えながらも色気のある独特なデザインで、とりわけ『ガサラキ』という、私自身がアニメにはまるきっかけとなった作品で描かれた、現代日本と、中東の紛争地域、そして平安時代京都という、世界と時間を越境する見事なキャラクター群は、今振り返ると世界中を舞台とする『虐殺器官』に通底するものが多くあるように思える。村瀬氏が山本氏と結託し、今作の監督を務めたのは必然だったといえよう。

 

  • 半歩先の、その先に

さて映画本体についてようやく触れる。私がこのタイトルを初めて見た時の率直な印象は、語感からしてなんだかグロテスクな、嫌悪感さえ覚えるものでしかなかったが、いざ映画を見てみると(グロテスクな描写が無いとは言わないが)真反対なものであった。

物語は、テロの脅威を恐れる大国と、紛争が加速する中東を舞台に、特殊部隊に所属するクラヴィス・シェパード(声:中村悠一)を主人公とし、紛争地域の「虐殺」を仕掛け人であるジョン・ポール(声:櫻井孝宏)を世界を股にかけて追い続ける軍事・スパイ・SFドラマだ。非常に現代的で、クールで、グローバルな視野を持ち、示唆に富む、かつて多くのアニメ映画(『AKIRA』、『パト2』、『人狼』、『パプリカ』、etc…)がそうであったように、「大人の世界を垣間見ることができる」アニメに仕上がっていた。「伊藤さんに満足していただける映画」そのものである。

ただしあまりにも「伊藤さんに満足していただける」90年代風アニメであるために、観客の拡大にはつながらない結果を招いているようにも思える。昨年のヒット作を振り返ると『君の名は。』に『聲の形』、『この世界の片隅に』である。キャラクターは可愛く、親しみやすく。舞台は遠いどこかではなく、身近な半歩先にあるかもしれない世界。恐らく多くのアニメファンにも、もちろんそうでない人にも、このトレンドから真反対に突っ走る『虐殺器官』は見向きもされないだろう。

けれど見られないことが作品の価値を貶めるわけではない。90年代の潮流を受け継ぎ、2017年現在に見るべきリアリティ志向映画として、『虐殺器官』の持つ力強い物語とインパクトのある映像は本物である。かつてのアニメ映画が好きだった人たちはもちろん、『PSYCHO-PASS』が好きな若い世代であっても、見れば確実に何かが遺る作品だ。そしてこの潮流が絶えることなく、今なお情熱を燃やす山本氏により次の世代にバトンが渡っていくのなら、間違いなく後世から振り返られる作品となるはずだ。

だから上映中の今、『虐殺器官』を多くの人に見て欲しい。アニメは、世界は、半歩先のその先にこそ広がっているのだから。

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