幼年期の終わり (光文社古典新訳文庫)

今年2008年3月に亡くなったSF界の巨星アーサー・C・クラーク。これをきっかけに(SF好きとしてはいまさらながら、としか言いようがないが)彼がキューブリックと共同執筆を手がけた映画『2001年宇宙の旅』を見たところなんて深遠なテーマを扱った映画なんでしょう、と感嘆したのだが、彼のもう1つの代表作とも言える『幼年期の終わり』を読んだらあんまりにもストレートに宇宙人を描写していて腰砕けになった。1章は延々とこの正体を引っ張りつづけるので、読んでいない方に配慮してここでは伏せる。
ところがこの宇宙人の、伝説上の化け物を彷彿とさせる容姿にも、人類の伝説の方こそが、宇宙人を見た人類の「未来の記憶」が発露したものだったからだ、というしごくSF的で深遠な回答がなされたので納得。
さらには人類の未来の姿として、姿は人間そのままでも複数の体で思考を一体化した新たな存在が描かれており、これって漫画『攻殻機動隊』などで描かれる「電脳による意思の共有化」とか、SNSにより加速的な進化を遂げようとしている「ネットによる情報の共有化」とか、様々な媒体で議論され続けるSF的にも現実的にもホットな話題じゃあないですか。これが55年も昔に執筆されたとは、すごい先見性。
しかも、筆者本人により改稿され、それを収録し光文社版として訳し直されたことで、この物語は今もなお生きている文章で本屋の店頭に置かれ、静かに人類の宇宙史を見守り続けている。50年先でもさらに訳し直され、いつかは火星のずっとずっと先、竜骨座の中心まで運ばれる未来が来るのかもしれない、なんて夢まで見てしまいそうだ。


ところで先月の「プラチナゲームズ」の発表会に登場したDS用SFRPG『無限航路』は、クラークの『幼年期の終わり』をも下敷きにした壮大なものになるとかなんとか。発売は2009年を予定。こんな大見得を切るSFゲームなかなか無いので今から楽しみである。

ゼノサーガ』のようにならないことを祈りつつ、クローバースタジオからのファンは『幼年期の終わり』を読んで要予習。