連射王


だいたい年に360日はコントローラーか携帯型ゲーム機を握ってはいるが、それだけゲームをやっていると流石に年に何度かは「何故ゲームをやるのか」という、答えの出ない疑問の闇に落ちていくことがある。そんな私からすると、純粋にゲームを楽しみ、本気でゲームに取り組める高村の姿は、眩しい。


川上稔の長編小説『連射王』は、今やアニメに漫画にとメディアミックス展開を繰り広げる『図書館戦争』と同じくメディアワークスのハードカバーレーベルから発売された、世にも珍しい「シューティングゲーム小説」。
主人公・高村は、何に対しても、好きな野球に対してさえも「本気」になれないことを悩むどこにでいる高校生男子。だが彼は、暇つぶしに寄ったゲームセンターで奇跡的とも言えるシューティングゲームのベリーハード・ワンコインクリアを目の当たりにしたことで、ただの遊びだと思っていたゲームにも「本気」のプレイがある、シューティングゲームに対してならば、「本気」で取り組むことができるかもしれない、と思い始める……。


仕事、学校、部活、お洒落、買い物、スポーツ、酒、タバコ、麻雀にパチンコ。人は時として様々な義務であったり娯楽に対して「本気」になることがあるが、ゲームに対して「本気」だと口に出すのは、少し気恥ずかしいものがある。だが、苦手だったシューティングゲームを練習して研究して、とことんまで「本気」で向き合った高村は、臆面もなく言い切る。

「だけど、ゲームは気付かせてくれたんだ。俺が本気になっていける人間だって」
「野球とか学校とかよりも、大事なんだよ」

わはー。書くとやっぱり恥ずかしい台詞だ。高校生より少しは多くのしがらみの中で生きている私は、流石にここまで言い切ることはできない。だが、ある程度ゲームをやる人間である以上、「ゲームに本気になる瞬間」というのは頻繁に訪れる。
私が今年一番「本気」になったゲームはたぶんGCの『メトロイドプライム』。ゲーム側が本気で殺しにかかってくる以上、こちらとしても「本気」にならざるをえない。プログラムとプレイヤーの技術が拮抗する、あのギラギラした瞬間はゲームでしか味わえない快感だ。
そんな極端な例でなくとも、対人戦ならもっと簡単に「本気」になれる。隣り合って座るライバルと、語り、笑いながら1つのゲームに集中するとき、誰もがゲームに「本気」になれるのではないだろうか。私は今日も『マリオカートWii』に「本気」だった。負け越した。「本気」なんだから悔しい。明日こそはとことんまでねじ伏せて、勝ってみせる。


高村の「本気」度には負けるにしても、いつだってゲームを「本気」でやっているつもりだし、本当に「本気」でゲームと相対する瞬間というのも、年に何度だって何十度だって訪れる。
「何故ゲームをやるのか」―――ゲームを「本気」で好きだからに決まっている。
簡単すぎて、それだけに忘れてしまいがちな答えを『連射王』は気づかせてくれたのだ。


普段は専ら家庭用ゲームばかりをプレイしている私でも、この本を読んだら仕事帰りにゲームセンターに寄りたくなってきた。シューティングゲームの腕を上げて、いつかは私も第二の「連射王」に! ってさすがにそれは無理か。
私なりの「本気」で、適度にがんばることにしよう。