名短篇、ここにあり

日本国内で1年間に出版される本の点数は何千、何万にも及ぶが、1人の人間が死ぬまでに読める本はそのうちの極々わずか。だからこそオリコンの売り上げランキングや『このミス』のようなランキング本が重宝され、「売れている本」「面白い(らしい)本」だけが益々売れる。
けれども本を読んだときにどう感じるかは読む人の主観に拠るところが大きい。「ランキング1位の帯に釣られて買ってみたらそれほど面白くかなかった」「友達が絶賛して押し付けてきたから読んでみたけど、大して面白いと感じられなかった」という体験は、本を読む習慣をもつ人なら1度はあるはずだ。

好きな作家の本を追いかけるにしても、著者の執筆スピードが読者の読むスピードに追いつけるはずもない。じゃあランキングに頼らないで未知の面白い小説、作家に出会うにはどうすればいいのだろうか、というところでオススメしたいのが「いろんな作家の作品を収録した短編集を読む」こと。


例えば最近読んだ『名短篇、ここにあり』に収録されている短篇の著者を挙げると「半村良」「黒井千次」「小松左京」「城山三郎」「吉村昭」「吉行淳之介」「山口瞳」「多岐川恭」「戸坂康二」「松本清張」「井上靖」「円地文子」。
直木賞作家からミステリ、SF作家まで著名作家がずらりと並んでいるが、バラエティが多様すぎて全ての作家の作品を読んでいる人となるとそこまで多くはないだろう。もし全ての作家を知っているという人でも、この短篇集に収録されている作品全てに目を通したことがある人となると、まずいないはず。何せ収録作を選んだのは、本を愛して止まないだけではなく、自身も小説家として活躍する「北村薫」と「宮部みゆき」。選び抜かれた作品はいずれもマニアックで味わい深い。
私は井上靖の作品を読むのなんて学生時代に『天平の甍』の感想文を書かされて嫌いになったの以来久しぶりだったが、木乃伊の行方を追って編集者ともども旅に出るユニークなノンフィクション(『考える人』)を読んだら、今まで井上靖に対して持っていた固いイメージがすっかり氷解してしまった。短篇を読むというのは、手軽に作品に触れられると利点に加え、長編とはまた違った、筆者の新しい一面を見られるという面白さがある。


私がこの短篇集に手を出したのは「北村薫」という撰者に、勝手に絶対の信頼を置いているからだが、合う合わないはやはり人それぞれだろう。だから信頼できる撰者、信頼できる短篇集を見つけることができれば、それが自分の読書の世界を少しでも広げる助けになるのではないだろうか。