沈黙のフライバイ

SF小説にも様々なジャンルがあるので一概には言えないが、多くは一般小説ではありえない設定や未来技術が作品のテーマになっている、現実とはずれた世界が舞台だ。だからこそどの本屋でも総面積に対して決して広くはないハヤカワSFの棚を見上げる度に、次はどんな夢を見せてくれるだろうかと目をキラキラさせられる。
しかし野尻抱介のSF短編集『沈黙のフライバイ』では、いずれの物語も、現在の技術の延長線上に「ありうるかもしれない技術」をテーマに進行する。
タイのエビ養殖地を営む男の思いつきから生まれた無限エネルギー循環スーツが、やがて火星開拓に効果を発揮する『ゆりかごから墓場まで』。一介の女子大生の発想が波紋を広げ、自ら宇宙の玄関口"高度80キロ"まで向かうこととなる『大風呂敷と蜘蛛の糸』。
特筆すべきは2つ目に収録されている『轍の先にあるもの』。筆者自身を主人公に置き、物語序盤は小惑星エロスの写真についての実際に行われたディスカッションが展開するが、やがて技術の進歩によって宇宙旅行が容易になり、筆者自身がエロスの大地を踏むこととなる「仮定の」自伝小説だ。
野尻抱介にとっての「宇宙」はずれた世界でもなんでもなくて、いつもすぐ隣にある、伸ばせばすぐに手の届く世界なのだろう。読了した今なら私も、SFをもっと身近なものとして見つめ直すことができそうだ。