『ゼルダの伝説 夢幻の砂時計』その1


ゲームが他の文化、例えば小説や映画などと比べると劣るような印象を持ってしまうのは、それら成熟しきった文化と比べると、誕生からまだあまり年月を経ていないことが原因の1つだろう。またそのために正しい認識をされず、精神への悪影響などといった負の側面ばかりが長い間取り沙汰されてきた。最近になって逆に脳に効果があるとしてトレーニングソフトが流行りだしたが、これがゲームの本質なのかといったらそうではないだろう。

ゲームが他の文化と決定的に違う点、それは「作品の中に介入できる点」だと私は思う。

小説だったらひとつの物語しか味わえないが、ノベルゲームなら数々の分岐によって、「もしも」の世界を体験することができる。映画は主人公の活躍を観客席からハラハラしながら見るだけだが、アクションゲームなら主人公自身になってバッサバッサと悪と闘うことができる。

そんなインタラクティブメディアとしての楽しみ満喫できる、謎解きとアクションが最高のバランスで融合したゲーム。それこそが『ゼルダの伝説』シリーズだ。

DSという小さな世界に冒険の舞台を移した今作も、やはりゼルダシリーズの名を冠しているだけあってその作りこみたるや尋常ではない。しかも操作方法は一新。すべての操作はタッチペン1本で済むようになってしまった。

前作『トワイライトプリンセス』においても、プレイヤーがリモコンを振ることにより画面内のリンクが剣を振るというダイレクトな操作方法によって、その一体感はそれまでのゼルダシリーズを遥かに超えるものだったが、今作のタッチペン操作も負けてはいない。何しろ画面に映る敵自体を直接突っついて倒すのだから簡単で爽快。しかもゲーム中に登場する地図には、いくらでも書き込みが可能。ゲームへの没入感は過去最高と言っても過言ではない。

その証拠に私自身、エンディングを控え、最後のお別れをする愛らしいキャラクターたちを見ていたときには、思わず涙ぐんでしまうほどだった。それほどこの世界に没入し、もっともっとこの世界を冒険したかったのだということに、自分の涙から気付かされてしまったわけだ。

ゼルダタッチペンが幸せな結婚を果たした『夢幻の砂時計』は、ゲームのもつインタラクティブメディアとしての可能性を更に押し広げるものとなった。他社はこの作品をどんどん参考にして、今後発売されるゲーム全体のレベルアップを図って欲しいものだ。