ユウキズ・ダイアリー

アニメ・映画・ゲームについての雑記

『君の名は。』の作画監督にジブリ経験者が多いこととスタジオジブリ制作部解散は関係ない(がジブリ出身者は多い)

君の名は。』の興行収入が128億円となり『風立ちぬ』の記録を超えました! 凄いですね。公開直後に書いたエントリでは100億超えるかどうか、と書いたのに予想を超えるスピードで記録を更新しています。再来週には『ポニョ』を超えるでしょうし、もしかすると11月中にも200億の大台が見えるのでは、と見込んでいます。

 

さて今回は「君の名は」と「ジブリのリストラ事件」の微妙な関係:というエントリについて。はてブで見かけたこの記事ですが、見当違いのことばかり書いてありうんざりしてしまいました。間違った見識が広がるのが嫌なので、あんまりこういうのは好きではないのですが逆張り記事を書いてみたいと思います。

 

上記エントリでは映画『君の名は。』にスタジオジブリ作画監督としてクレジットされた方が多く参加していることから始まり、原画にもそのような方が多く、ひいてはジブリ制作部が解散により人材流動が起こっている、という論旨です。

ですがまず挙げられている作画監督の3人、「安藤雅司」はスタジオジブリ出身であるもののとっくの昔にフリーになってますし、「井上鋭」はサンリオ出身で現在フリー、「黄瀬和哉」はProduction I.G.の取締役です。ジブリ制作部解散とは一切関係ありません。前提条件が無茶苦茶です。

本作の作画監督や原画にスタジオジブリ作品常連の方が多くクレジットされているように見えるのは、昔からスタジオジブリ作品にはフリーのスーパーアニメーターが多数参加しており、今回もジブリと同じく東宝の夏の大作映画だからそういった方たちが招集されたからでしょう。今夏は他に細田守映画も押井守映画もNARUTOエヴァもないことですし。

とはいえ作画担当の方となると、全員のアニメ参加履歴を見てみないと制作部解散後にフリーになったジブリ出身の方が多いのか少ないのか判断がつかない、と思い下記一覧を作ってみました。

※WEB上の情報から類推して作成している部分が多いため事実と異なる部分があるかもしれませんがご了承願います。「常連」は最近の作品から勝手にカテゴライズしたものです。「未分類」は参加作品が少ないか、多くても傾向を掴めなかった方です。また敬称略しています。

 

君の名は。』作画スタッフの皆様

ジブリ出身フリーアニメーター

 安藤雅司、大橋実

ジブリ出身フリーアニメーター(ジブリ制作部解散後にフリー)

 廣田俊輔、稲村武志、田中敦子、賀川愛、松尾真理子、河原奈緒子、土屋亮介

・大作アニメ常連フリーアニメーター

 井上鋭、濱洲英喜、松本憲生橋本敬史、本間晃、箕輪博子、沖浦啓之スタジオカラー所属かも?)

新海誠作品常連フリーアニメーター

 土屋堅一、西村貴世、田澤潮、四宮義俊、岸野美智、岩崎たいすけ

・A-1常連フリーアニメーター

 田中将賀錦織敦史谷口淳一郎千葉崇洋、末冨慎治、奥野治男、落合瞳、五反孝幸、下妻日紗子

・I.G.常連フリーアニメーター

 中村悟

・WIT常連フリーアニメーター

 千葉崇明

ボンズ常連フリーアニメーター

 竹内旭、松永絵美

マッドハウス常連フリーアニメーター

 大舘康二

・I.G.所属アニメーター

 黄瀬和哉

・シャフト所属アニメーター

 龍輪直征

ぴえろ所属アニメーター

 小林直樹

・スタジオコロリド所属アニメーター

 水野良

・未分類

 高士亜衣、古川直哉、松村祐香、、荒木裕、渡辺裕二、齋藤直子、山本早苗、竹内一義、太田衣美、竹縄利名、福田さちこ、春日広子、小西紗希、滝本祥子

 

こうして見ると、様々な参加傾向、あるいは各スタジオ所属のアニメーターが参加していること、そしてジブリ制作部解散後にフリーになった方が実際に多く参加していることがわかりました。『思い出のマーニー』も手掛けた安藤雅司氏が作画監督を務めるということで、解散後のメンバーがつてを辿って多数参加した、ということなのかもしれません。ちなみにA-1常連の方が多いのも気になりますが、ここにはキャラクターデザイナー田中将賀氏の人脈を強く感じます。

 

というわけで『君の名は。』の作画監督ジブリ経験者が多いことと、スタジオジブリ制作部解散は全く関係性がありませんが、ジブリ出身者が多いのは事実ではあるし、そこには制作部解散の影響が少なからずあったのかもしれないね、という反論でした。

2016年秋アニメはこれを見ろ!

季節の変わり目はアニメの変わり目とはよく言ったもので、すっかり新番組の季節です。皆さん前クールのアニメ消化は終わりましたか? 私は『モブサイコ100』『Re:ゼロから始める異世界生活』が大のお気に入りになりました。『マクロスΔ』は何がしたかったのでしょうか。マユ毛総監督はもう駄目かもしれません。

というわけで個人的に注目している2016年秋の新番組を紹介します。全作品を知りたいという方はGIGAZINEの新作アニメ一覧でも見ればいいと思います。

 

  • ユーリ!!! on ICE

yurionice.com

LUPIN the Third -峰不二子という女-』以来4年ぶりとなる山本沙代監督の新作アニメ。原案、キャラ原案が『モテキ』の久保ミツロウ先生、キャラクターデザインはスタジオカラー所属の平松禎史氏ということで面白い科学反応が期待できるのでは。フィギュアスケートを題材にしたアニメというのも史上初めてのこと銀盤カレイドスコープ』以来。

なお製作のMAPPAが手がける11月公開の映画『この世界の片隅に』も期待大です。


TVアニメ「ユーリ!!! on ICE」PV

 

  • フリップフラッパーズ

www.flipflappers.com

『スペースダンディ』での目覚ましい活躍が記憶に新しいスーパーアニメーター押山清高氏の初監督作品。

製作のStudio 3Hzはは規格外の高水準アニメとなった『Dimension W』を手掛けた注目の新興スタジオ。今期面白い"アニメーション"が見たいなら、絶対に外せない作品になる、はずでしょう。


フリップフラッパーズ 第二弾PV

 

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あとはシリーズもので『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ(2期)』『響け!ユーフォニアム2』『SHOW BY ROCK!!#』『WWW.WORKING!!』『ブレイブウィッチーズ』『夏目友人帳 伍』『てーきゅう 8期』『亜人(2期)』あたりが楽しみであります。以上!

Line Wabblerに胸打たれてVRの未来に想いを馳せる東京ゲームショウ2016レポート

今年も行ってまいりました東京ゲームショウ

楽しみにしていた『ペルソナ5』は無事発売され、『トリコ』『FF15』は発売秒読みなので特に期待する新情報もなく、さりとてRiftを購入してしまった身としてはVR関連はもはや目新しくもなく……と期待値低めで行ってみたら、例年になく楽しい出会いばかりで最高のゲームショウでした。

それもこれも『Line Wabbler』と出会えたことと、日々進歩し続けるVRデバイスの最先端に触れられたからなのですが。その辺りを中心に面白かったブースをレポしたいと思います。

 

  • Line Wabbler

1番の驚きが謎の1Dゲーム『Line Wabbler』との出会いでした。見てくださいこの圧倒的なビジュアルを!

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モニターばかり並ぶインディーゲームブースに燦然と輝くLEDの柱は一種神々しささえ宿っているようでした。このゲームはドイツ人のRobin Baumgarten氏によるもので、配布されていたポストカードの説明書き曰く以下のとおり。

実験的なハードウェアを使った1Dゲーム:アルドゥイーノ+ばね+加速度センサー+5メートルのLEDストリップ

なんのこっちゃという感じですが、ようは手元のスティックを操作して、緑色に光る自機をゴールに導くステージクリア方1次元アクションゲームです。ゲーム中の様子はこんな感じ。

youtu.be

操作は至ってシンプルで、スティックを前後に倒すと前進後退、スティックを横に弾くと自機を中心に攻撃するというもの。LED管内を這う赤い敵、オレンジのダメージ床、白い移動床の組み合わせでステージは多岐に渡り、1度のダメージで死亡する難易度の高さと相まって常に緊張感を保ってプレイすることができました。1Dなのに、ちゃんと「マリオ」しています。ゲームは2Dから3D、立体視を経てVRに辿り着いたというのに、このストイックなスタイルにはゲームの根源を見るような感動を覚えました。そうです、これこそがゲームのあるべき形なんですよ!

ゲームの面白さを証明するようにセンス・オブ・ワンダーナイトでは3冠を達成されたとのことですし、自分がブースに寄った際にはあるゲームクリエイターが大興奮しながらプレイしていました。グラスホッパー・マニュファクチュア社長の須田剛一さんです。

鮮烈なゲームであるもののソフトとしての配信が不可能なゲームなので、こういった人たちの助力で製品化にこぎつけることを願って止みません。延長可能なLEDチューブにステージ生成ソフトをセットでパッケージングとかどうでしょう、Robinさん、須田さん!

 

  • VR関連いろいろ

言いたいことはおおむね書き尽くしたのであとは駆け足で。

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入場してすぐに向かったのがキンプリVRことKING OF PRISM by PrettyRhythm」VRプロジェクトのブース。すごかったです無限ハグ。ただ見るだけ、遊ぶだけというのではなく、作品世界に没入できる体験というのはVRならではだなーと思いました。

 

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3DRUDDERはVRゲーム内での移動を解消すべく開発された足用コントローラ。円盤の傾き具合で前後左右旋回上昇下降がスムーズにできました。コントローラのスティック操作よりも慣れればこっちの方が全然良い、かも。数分間のプレイでは操作に手間取ってばかりでしたが。

 

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Oculus Rift、HTC Vive、PSVRに続く期待のヘッドマウントディスプレイFOVEをはじめてプレイ。視線で展開が変わるというアドベンチャーゲームjudgement』を遊んでみたのですが……FOVEをかぶる段になって、メガネを装備しているとかぶれないことが発覚。メガネ者の私にこれは痛恨の一撃。ゲーム中はやはりピントが合わずボケボケの世界となってしまい、自分が何を見てどうして展開に影響したのかさっぱりわからないまま終わってしまいました。

ブースの方に聞いてみたところ視線をトラッキングする関係でメガネを装備できないとのこと。どうにかメガネ者にも対応してもらえるよう、改善に期待します。

 

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プレイできなかったけど楽しそうだったFUTURETOWN。非常に広いブースを使って、乗馬型やスキー型の大型コントローラとVRの連動ゲームを展開していました。今回はこれまでのゲームショウと違って、世界中の大資本がVRで一山あてようと趣向を凝らして出展している気がしました。

 

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DLODLO V1も試してみたかったですが長蛇の列。やはりメガネ者には厳しいのでしょうか。

 

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Rez infiniteの特製スーツやばいかっこいい……。整理券を入手できれば着ることができたようです。今後も着られる機会があるといいのですが。来月のゲームの発売も楽しみです。

 

  • イベントいろいろ

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東京ゲームショウといえば小島秀夫監督の演説。毎年楽しみにしていたステージが2年ぶりに帰ってきました。コナミdisりが冴え渡っておりヒヤヒヤものでした。新作ゲームの発売を座して待ちたいと思います。

 

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東京ゲームショウ閉会後になりますが、近隣のイオンモール幕張で幕張にゲーム好き声優がやってきた~青木瑠璃子編~というお笑いステージも見てきました。これは東京ゲームショウの公式生放送にも連日出演されていた青木瑠璃子さんとゲームが得意な若手芸人(アイロンヘッド、西澤祐太郎、伊藤広大)がゲーム対決をするというもの。司会は向天津さん。

ラジオ番組を欠かさず聞くほどには彼女のことが好きなのでそこだけを見に行ったつもりでしたが、青木瑠璃子さんの煽り芸とお笑い芸人が科学反応を起こして90分間爆笑の渦でした。対戦したゲームは芸人さん側の得意ゲームということで選ばれた『ウルトラストリートファイター4』、『スーパーマリオブラザーズ』、『スプラトゥーン』、『キャット&チョコレート 日常編』、『大乱闘スマッシュブラザーズ for Wii U』。新旧・デジアナ交えた多岐に渡るバリエーション。勝ち負け様々でしたが難なくこなす青木瑠璃子さんは流石のゲーマー声優っぷりを見せつけていました。

東京ゲームショウでは最新のゲームばかり追っていましたが、ゲームの楽しさを思い出させてくれる素敵なステージでした。ゲームってこんないじり方もあるのか、というかよしもとって面白いんだな、という発見がありました。

 

  • まとめ

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というわけでゲームショウのレポートでした。大手ブースは軒並み活気づき、インディー&VRブースも異様な熱気がある、いつになく盛況な印象でした。キャバクラゲームショウな一面があることも事実ですが(写真右下……)、大手ブース以外を狙って歩くといろんなゲームとの出会い、気づきがあって楽しいですよ。

それではまた来年のゲームショウで。

 

『君の名は。』は興行収入100億円を超えるのか ―国産アニメ興行収入比較―

君の名は。』は興行収入100億円の大台を超えるのでは?という妄想に取りつかれたのは、好きすぎて慣れない映画レビューを書いてしまったり2週目にして興行収入38億円超えというニュースを見たからなわけだが、実際にその可能性の有無を国産アニメ映画の興行収入推移と比較して検証してみた。結論からを先に言うと、可能性は大いにあると感じている。

 

  • 比較対象

過去10年間の国産アニメ映画の国内興行収入上位8本と、『君の名は。』を合わせた計9本の週間興行収入推移を折れ線グラフにより比較することとした。中途半端な本数だが、『バケモノの子』は超えるだろうと想定してそれ以上の興行収入の映画を選定している。なお、本来入れるべきである『ONE PIECE FILM Z』(興行収入68.7億円)の存在が頭から抜け落ちたままグラフを作成してしまい修正がめんどくさい難しいところまで来てしまったので、ワンピ抜きのグラフとなっていることを了承願いたい。

 ・崖の上のポニョ(2008)155億円

 ・風立ちぬ(2013)120.2億円

 ・借りぐらしのアリエッティ(2010)92.5億円

 ・STAND BY ME ドラえもん(2014)83.8億円

 ・映画 妖怪ウォッチ 誕生の秘密だニャン!(2014)78億円

 ・ゲド戦記(2006)76.5億円

 ・名探偵コナン 純国の悪夢(2016)63.1億円

 ・バケモノの子(2015)58.5億円

 ・君の名は。(2016)38.7億円(2週目まで)

 

  • 結果

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赤い線が『君の名は。』を示したものである。上記8作と遜色ない、どころかかなり好調な推移をしており、『崖の上のポニョ』と『妖怪ウォッチ』に近い推移をしていることがわかる。

 

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2週目までの結果を拡大したのが上の図だ。『君の名は。』1週目は3日間集計となっているため他の映画と単純比較できないものの、名探偵コナンと同等のスタートを切っているいる。それに対し2週目までの累計興行収入を見ると、過去10年間のどの国産アニメ映画よりも勝っていることがわかる。

 

  • まとめ

君の名は。』の2週目までの興行収入推移を上記映画と比較すると、崖の上のポニョ』と『妖怪ウォッチ』の推移に近く、2週目までの成績はどの映画よりも勝っていることがわかった。

なお、この近い推移の近い2作品の間には最終的な興行収入に大きな隔たりがある。『崖の上のポニョ』はスタジオジブリ作品であるためロングランヒットに成功したのだが、一方ターゲット顧客を子供・家族層に絞っている『妖怪ウォッチ』は4週目、冬休みの終わりを境に失速している。

2週目までの記録的な成績が今後の傾向にどこまで影響するのかは未知数だが、口コミでの評判が非常に良く、平日夜でも満席の映画館が多いという話を聞くに、スタジオジブリ作品に近いロングランヒットの可能性は十分にあると感じている。

以上より、妖怪ウォッチ』とそれに近い『ドラえもん』を抜くのはほぼ確実、上位ジブリ陣にどこまで迫るのか、ひょっとすると100億円を超える可能性はおおいにあり得る、というのが現在の想定である。

いずれにせよ、『妖怪ウォッチ』や『ドラえもん』のような人気IPを利用した映画ではなく、スタジオジブリという強力な看板を背負ってもいない映画がこれほどまでのヒットとなるのは異例の事態である。また、もし100億円の大台を突破することができれば、国内興行収入ランキング30位、国内邦画興行収入ランキング9位にも入る大快挙となる。今後の推移が非常に楽しみだ。

 

2016年9月23日追記

100億円超えました。

「君の名は。」が興行収入100億超 - 共同通信 47NEWS

 

『君の名は。』を傑作たらしめる3つのしかけ

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新海誠監督の最新作『君の名は。』を公開初日に鑑賞。上映後、隣席の女性二人の会話が耳に入ってきた。

 「超よかったね……」

 「うん……」

 「50回くらい泣いた……」

 「今まで見た映画で1番良かった……」

これがいわゆる粟と稗しか食べたことがないってやつか!と一瞬思いかけたが、私の体は正直なのでとめどなく流れる涙と鼻水を拭うので必死になっていた。ごめんおじさんわかるよ君たちの気持ち。1番かもしれない……。

君の名は。』は過去作と比べて何段階もの飛躍を果たした、新海誠監督の新しいスタートラインとなる作品であり、監督自身の歴史に、そして日本のアニメ史に刻まれた傑作となったと思う。また作品としての質もさることながら、公開2日間で7億円の興行成績を叩き出していることから、監督史上最大のヒット作となることは確実となっている。

なぜここまでの傑作となり、大ヒットとなり得たのか、と考えてみると、監督自身の経験と配給会社東宝の歯車がガッチリ噛み合った結果、特に3つの要素が有機的に結び付いて成功を導き出したのではないだろうか。

 

1.普遍性のある物語

新海誠監督の作品といえば、これまで「男女の距離感」「出会いと別れの奇跡」といったテーマを繰り返し語ってきており、特殊な設定を軸に物語られるそれはいわゆる「セカイ系」に類するものである。これは個人製作からアニメ作りをスタートした監督ならではのテーマではあるが、大きな商いができるものではなく、それゆえに小規模な館数でしか封切られず、知る人ぞ知るアニメ監督という体でしかなかった。

このままでは監督は埋もれしまう、と強く思ったのは2013年に公開された、長編映画としては前作にあたる『星を追う子供』の時である。自身初となる異世界ファンタジーを描こうとした点は大いに評価すべきであろうが、焦点を見失った物語は普遍性を獲得するに至らず、『ゲド戦記』の二番煎じとでも言うようなそれはひどいものであった。監督はそれまで一人で原作・脚本も手掛けてきたが、もうそれは限界で、宮崎駿監督にとっての鈴木敏夫プロデューサーのような優秀なアドバイザーに出会えないと、今後の飛躍は不可能ではないかと思ったものである。

しかし今回は違った。「男女の精神が入れ替わったドタバタから、互いに意識するようになる2人」というある種手垢のついた筋ながら、監督のテーマ性で包み込んだそれは新鮮でピュアな輝きを獲得しており、さらに後半のスペクタクル展開はこれまでの作品にはない新境地であるし、テーマに一層の重みを与えることに成功している。これが普遍性だ。日本の、世界を席巻する娯楽映画になくてはならないものであり、かつてのスタジオジブリ映画が獲得し、現在も細田守監督が掴んだり失敗したり悪戦苦闘しているそれである。

なぜ今回ここまでの強度の高い物語を獲得できたのかを紐解くと、パンフレットに監督自身のこんなコメントがある。

それで『星を追う~』を作り始めた35、36歳くらいの時期から、物語を作るということを一から自分なりに勉強し直しました。今更ながらですが、脚本術の本を読んだり、古典を読み直したり。その上で『星を追う~』という作品を作って、ある程度の手応えも感じられた。それでも公開したら、『秒速5センチメートル』のときと同様に、観客には自分の意図が思うように伝わっていない感覚が残ってしまった。どうしたらもっとううまく語れるのか。そう思いながら次の『言の葉の庭』を作り、その前後にも30秒のCMや小説等で、物語を作るということに向き合い続けました。

またアニメ!アニメ!のインタビューでもこのように語っている。

──新海監督の過去作と比較すると『君の名は。』はエンタテイメント色が強い作品だと思います。制作においてこれまでとの大きな違いは何でしょうか?

脚本段階に関していえば、プロデューサーの川村元気の存在が大きかったですね。東宝から川村さんを紹介したいと言われたのがきっかけでご一緒することになったのですが、彼のようなタイプのプロデューサーは初めて。とても刺激的な経験でした。

──川村さんのどんなところが新海監督にとって新鮮でしたか?

色々 なサジェスチョンをくれるんですよ。脚本を書き進める中で、川村さんが「こことここのピークが離れているけれど重ねたほうがいいと思う」であるとか、「三葉と瀧の入れ替わりは開始15分に収めないと退屈なんじゃない?」とか、構造的な部分で色々なサジェスチョンがありました。これにとても助けられたのが、 これまでの映画づくりと最も異なる点だと思います。

アニメスタジオ出身ではない監督はこれまで誰にも師事せず作品作りに邁進してきたわけだが、過去作の反省を活かし、不断の努力で脚本術を磨いてきたことがわかる。そして作品作りに至っては、近年の東宝のヒット作を多数輩出してきた川村元気プロデューサーとの相乗効果で、普遍性を獲得できたことがわかる。ようやく監督にとっての優秀なアドバイザーを獲得できたのだ。

 

2.極上の品質

いくら物語の幹となる脚本が素晴らしく、監督の持ち味である背景美術の美しさがあっても、作品を支えるスタッフィングが機能しなくては映画の品質を上げることはできない。その点今回は、情報公開時にキャラクターデザインを『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』『心が叫びたがってるんだ。』の田中将賀氏が手掛けることで、若い世代を中心にウケの良い絵面になることはわかっていたし、作画監督を日本屈指のエースアニメーターである安藤雅司氏(スタジオジブリで『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』『思い出のマーニー』の作画監督を務めている)が担当するとあっては、作画品質が最上になることは確信していた。

蓋を開けてみると原画マンとして錚々たるメンバーが参加し、全編ハイクオリティな仕上がりとなっていた。かつては美術はすごいけどキャラはあと一歩、という印象が強かったが監督の作品だが、今回に限っては映像を構成するすべての要素が一体となって、映画の品質を向上させることに成功している。これはやはり監督のこれまでの作品への評価、東宝の出資力の賜物なのであろう(あと公開時期周辺に大作アニメ映画がなかったから、という影響もあると思う)。

以下はスタッフリストから抜粋した原画マン、いずれも有名アニメの作画監督クラスのエース級の方たちである。私自身がパッと見でわかる方のみ抜粋したものであるが、こういった名前から一本一本の線が生み出された経緯を想像しながら見るのもまたアニメの楽しみである。

新海誠作品常連系:土屋堅一、西村 貴世、田澤潮、四宮義俊

・元ジブリ系:廣田俊輔、稲村武志、田中敦子

・I.G.系:黄瀬和哉、中村悟、沖浦啓之

・シャフト系:龍輪直征

・A-1系:錦織敦史谷口淳一郎

・フリーアニメーター系:井上鋭、濱洲英喜、松本憲生橋本敬史

特に田中将賀氏については、以前新海誠監督と手掛けたZ会のCMが本作と符合する点が多いので比較しながら見ると面白い。作画監督も務めているのでより「らしい」絵柄になっている。

www.youtube.com

また四宮義俊氏は過去に新海誠監督の短編『言の葉の庭』のポスターイラストを手掛けている他、監督としてCM「Mottainai」を制作。新海誠テイストの仕上がりになっているのでこちらも要チェックである。

www.youtube.com

 

3.東宝の配給力

作品の質が極上となればヒットするのかというとそういうわけでもない。宣伝力、公開館数という絶対的な大人の力に左右されるのだが、今回東宝は大博打を打った。前回東宝と組んだ短編『言の葉の庭』では23館での公開だったのに対し、296館でのスタートである。やはりそこには東宝の、ひいては川村元気プロデューサーの慧眼があったとしか思えない。

また各種タイアップによる大規模な宣伝活動も各地で行われている。その中でも全車両を広告で貸し切った山手線に乗ることができたのだが、3画面構成の予告 映像も見ることができた。単純に3画面で同じ映像を流すのではなく、時には異なる映像を対比的に映す効果的な演出が感動を増すものになっている。

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幸い9/2までの間、新宿ユニカビジョン(西武新宿駅前から見えるやつ)で同様の3画面予告が見られるので都内在住者にはぜひその目で見てもらいたい。

 

まとめ

今回、新海誠東宝の思惑が合致した結果、物語、品質、配給力すべての要素が結実し『君の名は。』という傑作が生まれるに至ったと考えている。

監督自身も朝日新聞8/27夕刊において

「自分としても40代のうちにあと2本は東宝で作りたい」

 とのコメントを残しており、やはり成功体験となったことを自覚しているのであろう。花開いた才能・新海誠監督と、それを見出した東宝がこれからどんな作品を私たちに見せてくれるのか。

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楽しみで仕方がない私は、買い漁った関連書籍に目を通し、映画館に通iい『君の名は。』をこれから何度でも反芻したい心境である。

宇宙は美しくて退屈 『No Man's Sky』発売直前レビュー

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国内PS4版を明日に控える今夏最も話題のゲーム『No Man's Sky』。既に販売が開始されているPC用ゲーム配信サイトSteamでは今年最大の同時接続者数を記録したとも喧伝されており、世界的な注目の高さがうかがえます。

幸い今年のというか毎年お盆休みは何の予定もなかったため、山にも海にもプールに行かず『No Man's Sky』で一人黙々と宇宙探査に励んでいました。いやー、予定がないって素晴らしい。ただゲームの内容自体は、良くも悪くもプレイ前に想像していた通りだったことを最初に報告しておきます。

dic.nicovideo.jp

 

  • 『No Man's Sky』とはどんなゲームなのか

このゲームが注目を集める由縁は、1844京6744兆737億955万1616個もの惑星を冒険できるという未だかつてない大規模なゲームだからです。惑星はプロシージャルに(一定の計算に基づいて)生成されるため、一つとして同じ星はないとか。なんというか、想像を絶する技術です。こんなゲームを遊べてしまう世の中になったことが、遊んだ今でも信じられないぐらです。

もちろん惑星はただ浮いているだけでなく、プレイヤーが着陸できるし、動植物が生息しています。ゲームの目的は、新種生物・鉱物を発見しお金を貯め、鉱石を採掘して燃料を稼ぎ、179,000光年の彼方にある宇宙の中心を目指すことです。

179,000万光年って何……?という感じですが、とにかくこのゲームはあらゆる点が大規模で、となりの惑星までリアルタイムに2時間かかったりします。そんな距離も燃料を使ってとばせば1分に縮まるので不便なこともなく、宇宙の広大さを思う存分味わうスパイスになっています。

 

  • 『No Man's Sky』は美しい

各惑星は地球では見たことのない色彩、動植物にあふれており、目を奪われることが幾度となくありました。ゲーム内を観光するのが好きな私はプレイ中、カメラ片手に、じゃなくてスクリーンショットボタンに指を置いてカメラ小僧と化していました。

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  • 『No Man's Sky』は退屈

しかし、いくつかの惑星を渡り歩いていると、気づいてしまいます。確かに大なり小なり違いはあれど、そんなに変化がないことに。

現実の惑星は、もちろん地球は変化に富んでいますが、それは文明と生物の宝庫だからであって、他の惑星は何の感動もない陸地が続いているだけです。たぶん。行ったことありませんが。

『No Man's Sky』に出てくる惑星には文明というものがありません。だから生物と陸地に思いを馳せるしかないわけですが、プロシージャルという神の見えざる手は、どの惑星も「同じ感じ」に生成してしまいました。広大な宇宙空間を産んだ功罪です。見たことのない景観は、プレイしているうちにどの星にもあるお馴染みの景観と化してしまいます。

大きすぎる星、小さすぎる星、生物の住めない星、強敵のいる星、原始人のいる星、超文明の発達した星……ゲームなんだから色々あってもいいものを、色々はありませんでした。

 

  • 宇宙にロマンを求める人へ

というわけでこのゲームは『太陽のしっぽ』です。原始時代を駆け回るだけの彼のゲームのように、広大な宇宙―1844京6744兆737億955万1616個を擁する銀河―をひたすら突き進むゲームです。

そこには何もないかもしれませんが、それこそが最大の魅力。正直言うと私自身、すでにこの『No Man's Sky』宇宙には飽きてしまいましたが、飽きるまでには長い至福の時間があったのもまた事実です。値段分は楽しみつくしました。

なので私は万人におすすめはしません。ですが宇宙にロマンを求める人は、絶対に感じ入る部分があるはず。SF映画の中でも『2001年宇宙の旅』と『インターステラー』が好き、なんていうSF耐性のある方にはぜひ手にとってもらいたい次第です。

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怪獣王が目覚めさせた庵野秀明  『シン・ゴジラ』レビュー

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シン・ゴジラ』を初めて映画館で見たとき、溢れ出る涙が止まらなかった。クライマックスとかエンディングではなく、もう最初の最初、ゴジラの尻尾が海面に現れたあたりから。胸の中を1つの気持ちが満たしていたからだ。

「ああ、ゴジラ庵野が帰ってきた」

 

私がゴジラに出会ったのは幼稚園児の頃に映画館で見た『ゴジラVSキングギドラ』。怪獣を見るのが初めてだったばかりか、未来人も恐竜もサイボーグもてんこ盛りのトンデモストーリーに熱狂した幼少の私は、ムック本を飽きることなく読み耽りすっかりゴジラ大好きキッズになっていた。その後も毎年量産される『VS』シリーズを観賞するのは我が家の恒例行事となったのだが……、シリーズは『ゴジラVSデストロイア』で突然の終止符を迎えた。それ以来、日米を跨いで何度か復活を遂げてはいたが、技術的にも内容的にもリアリティを感じない『ゴジラ2000 ミレニアム』で日本製ゴジラにはすっかり辟易してしまったし、2014年のギャレス・エドワーズ監督の『ゴジラ』も映画としてはよくできているが、自分の見知ったゴジラとは同じ怪獣には思えなかった。

私の中のゴジラは1995年以降、眠りについたままだった。

 

そして庵野氏本人も、長いこと眠りについていたのだと思う。

ゴジラと入れ替わるかのように、リアルタイムでエヴァンゲリオンを視聴していた私ではあるが、小学4年生当時の身では終盤の展開には全く理解が追いつかず、あまり傾倒するようなことはなく社会現象を一歩引いた目線で見ていたに過ぎなかった。

ブームが去ったあと、庵野氏の作品は幾つも視聴し、エヴァンゲリオンも見直して、不世出の天才だと思うに至ったのだが……、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』として戻ってきたエヴァには、どうにも庵野氏の匂いが感じられずにいた。シリーズで1番好きなのは『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』だが、新キャラマリや『破』独特の軽妙さは鶴巻和哉監督作品のもつそれだし、それこそ『序』は後半のコンテを切った樋口真嗣氏の、『Q』は新参戦の前田真広監督の匂いが色濃いと思っている。そこには初監督アニメ『トップをねらえ!』から、テレビアニメ監督作としては現在最後となっている『彼氏彼女の事情』まで紡いできた庵野氏の美学が、魂がこもっておらず、お仕事として、エヴァンゲリオンを終わらせようとしているだけに感じられてしまった。実際のところ、『Q』制作後は鬱になってしまい、シリーズを停滞させてしまったことを後述している。

 

そんな庵野氏が総監督として、ゴジラを目覚めさせてくれた。私が『シン・ゴジラ』に感激したのは、「庵野秀明が全力で好きなものをさらけ出して、怖いゴジラを撮ってくれた」からだ。

今回のゴジラに対して、やれ震災がどうだ、九条がどうだ、右だ左だという批評も多く上がっているようだが、そういった裏読みは本質ではないと思う。今の時代に最も観客を震え上がらせる怖さを持っているのが地震津波放射能汚染という3.11の記憶であり、それをメタファーとすることで「怖いゴジラ」、幼少の時分では確かに思っていた、怖くて、強くて、かっこよくて、神々しい、そんなゴジラをもう一度スクリーンに呼び戻してくれただけなのだ(もちろん裏読みしたい人には勝手にどうぞとぶん投げてもいるのだろう)。

またそういった3.11後のゴジラという大義名分を笠に着て、庵野氏がやり遂げたのは全力の自己表現だ。開始5分で次々と繰り出される庵野氏の得意技(素早いカット割り、独特のレイアウト)や、画面を埋め尽くすガジェット(自衛隊の各戦力や、工場、鉄道、電線、プロトンビーム、モニタに映るアニメ、ファイルの表紙に踊る2199の文字に至るまで)には監督の愛と遊び心と、自身が見たいもの、見せたいものを目一杯詰め込んだのだろう。それらは巨匠から継承したスキルであったり、自身のただの趣味ではあるが、アニメという、エヴァという枠のなかで培われたものを実写映画の世界で昇華することで、今まで表現したかった、できなかったことをあらん限りの力で実現できたのだと思う。

ゴジラ庵野氏自身をも目覚めさせてくれたのだ。

 

『VS』シリーズを見て育った私としては、怪獣プロレスもまた見てみたい。『シン・ゴジラ』でハードルの上がった観客の目を満足させなくてはいけない東宝はこれから大変だろうが、今作に負けない「リアリティのある怖さ」を持った怪獣映画をこれからも生み出してもらいたい。

ただそこには庵野氏は必要ないと思う。役目を果たした庵野氏は自分の会社カラーで『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』を終わらせて、その先も見据えてほしいと思うのがファンとしての願いだ。カラーの近作としてはPS4ソフト『GRAVITY DAZE 2』の同梱アニメや、短編アニメ『機動警察パトレイバーREBOOT』(エグゼクティブプロデューサー庵野秀明!)などが予定されている。既にエヴァだけの会社ではないのだ。

既に『もののけ姫』当時の宮崎駿氏と同じ年齢、とすると作家人生はあと20年ほどかもしれないが、目覚めた庵野氏がこれからどんな映像作品を残していくのか、楽しみで仕方がない。